機人たちのメルヘン - アイスマンを待ちながら -

2007年12月17日初出

12月も半ばが近い、夕方に近い午後。

駅へと続く商店街を、青いジャンパーに黒髪の少年が走ってゆく。
「おやロック、今日もライト博士のお使いかい?」
途中で会った初老の女性に「ロック」と呼ばれたその少年こそ
Dr.ワイリーの世界征服の野望を幾度も阻止してきた
戦闘用ロボット・ロックマンの日常の姿であるが
いま彼が向かう先に、事件も戦うべき敵もないことは
上機嫌に輝く青い瞳からも明らかである。
「今日、アイスマンが南極から帰ってくるんですよ。」
「おやまぁ、お出迎えかい。気をつけてお行き。」
女性にお礼を言い、ロックは再び走り始めた。

クリスマスが近い街路には、来るはずのない想い人を待つ歌が流れているが
彼の心は、久々に帰郷する兄弟に会える喜びに満ちている。

学校帰りや夕方の買い物か、少し人通りが増えてきた駅の前。
明るいグレーのボディに高さのあるヘルメット、
そして赤い胸アーマーをつけた人影が
ロックの視界に飛び込んできた。
「ファイヤーマン! 君の方が早かったね。」
ファイヤーマンと呼ばれた青年ロボットが、ロックを振り向く。

廃棄物焼却処理用として開発されたロボットにふさわしく
作業中には頭上に炎がともされる、トーチを思わせる形の
ヘルメットにすっぽりと覆われたなか、深紅の瞳がひときわ強い印象を残す
ロックよりほんの少し大人びた顏。
仕事を離れた今は、頭上の炎もなく
口元を覆うマスクも解除され、ロックに負けないご機嫌な笑顔がよく見える。

「おぅロック、お前も早かったじゃないか。
博士の手伝い、張り切ってただろ。」
「あはは。ファイヤーマンも早くアイスマンに会いたくて、
お仕事がいつもよりはかどちゃったんじゃない?」
「おいおい、俺をからかってるのか?
俺の炎はいつだって、熱く燃えてるぞ!」
ロックの冗談混じりの言葉に
ファイヤーマンが持ち前の熱血性を見せる様が、笑いを誘う。

「……しかし、到着までまだ30分以上もあるんだな。」
駅舎の時計を見ながら、ファイヤーマンが言う。
「タイムマンに言われちゃったよ、
『アイスマンは時間を守るから
こっちから早く出ていくだけ、時間のムダだ』って。」
ロックは出掛けに見た、タイムマンの呆れたような顏を
思い出して苦笑したが
彼等の気持ちがはやるのも、無理はなかった。

一度は南極探査の役目から離れ
冷凍倉庫の運搬・管理作業についていたアイスマンに
再び南極赴任の話が舞い込んできたのが、今から1年半前。
観測基地に近く導入される、最新型の南極探査用ロボットの
運用テストのため、南極探査の先輩の一員として、
厳しくも美しい、南極の自然と触れあうための心構えに始まり
隊員達とのコミュニケーションや、観測データ採取や物資補給の手順、
ブリザードなどの緊急時の対応など、体験を通じて後輩へと教授するべく
ライト博士のもとを離れて暮らしていた彼は
無事にその任を完了し、今日家族のもとに戻ってくるのである。

「ねぇ、アイスマンが駅に着くまで
届いたムービーメールを二人で見てみようよ。」
南極にいる間、アイスマンが研究所宛に送ってきたメールのデータを
ロックは己の電子頭脳にすべて保存していたようだ。
「そうだな。時間も十分あるし、その話乗ったぞ。」
ファイヤーマンの返事を受けて、ロックが左手に内蔵された
小型プロジェクターに起動信号を送ると、左手から数センチ上の空間に
2人で見るには十分な大きさのスクリーンが浮かび上がる。
電子頭脳から検索されたメールのデータを
プロジェクターに送ると、スクリーンに現れたのは
白い氷雪の景色に、二人が見慣れた、しかし懐かしい
フード付きの青いコートをまとった子供の姿。

『研究所の皆さま、お元気でありますか?
わたくし、本日無事に南極に到着したであります。』

南極から最初に送られてきたムービーメール。
その送り主の見るからに子供らしい外観や声、しぐさと
敬礼をしながら、大人びた言葉遣いで話す
ギャップの可愛らしさは、相変わらず微笑ましい。

『こちらにいらっしゃるのが、最新型の南極探査ロボットのソウヤさんであります。
わたくし、この方の先輩として今日からがんばるであります!』
アイスマンから後輩だと紹介された、まるで白熊のような厚手のコートを着た
大柄な青年型のロボットが、目を細めて笑っている。

「『ソウヤ』って確か、20世紀に日本から出ていた
南極観測船からもらった名前だって、博士が教えてくれたね。」
「ああ。日本の最北端の地名にも
『宗谷岬』があるって話もしてくれたけど
その後、博士の歌にはみんな参ったっけなぁ。」
「あはは……ロールちゃんが『ご飯よー』って
言ってくれなかったら、ずっと歌ってたかもね。」

日本の最果ての地の名を持つ歌を歌う
お世辞にも上手いと言えなかった博士の声と、
それを止めようとする、オイルマンとボンバーマンの姿を思い出し
二人は顔を合わせて苦笑した。

続いて再生されたムービーには、目を奪われるような光景が広がっていた。

『研究所の皆様、ご覧下さいませ!
今季最大規模の、見事なオーロラであります!
本日は穏やかな気候もあって、はるばる遠い国から
たくさんのお客様がいらっしゃいます。
わたくし達はこれより、お客様のご案内の
お手伝いに参らせていただくであります!』

南極の環境保護の一環として
外国からの観光客と、そのガイドたちに観光の心構えを教授するのも
アイスマン達の仕事のひとつになっているようだが……

「ははは、この時のアイスマン、すごく興奮してるなー。」
「こーんな大きくてきれいなオーロラを間近で見てるから、無理もないよね。」

ライト邸のリビングの大きなモニターに広がる
少しずつ色を変えながら、南極の空を彩る太陽風からの贈り物に
いたく感銘を受けたエレキマンが、アイスマン以上に饒舌になる姿に
「相変わらず、ワケわからんコトを言うのぉ〜。」
と、ガッツマンが閉口していたのが
昨日の出来事のように鮮明に思い出される。

『本日は観測隊全員による、救助活動訓練が行われたであります。』

さらに別のメールには、いつもより真剣な面もちで話すアイスマンの姿。
極寒の嵐で行く手を見失った場合を想定した、SOSの発信と
それを受信した救助班が、遭難者を救出する様子は
訓練といえども緊張感にあふれていた。
この訓練は、安全を考慮して
比較的風の弱い気候のもとで行われていたが
一陣の白い突風が、隊員達の姿を一瞬覆い尽くしたときは
「危ないッス!」
とカットマンが思わず叫ぶほどだった。

そのムービーに、まるでニュース番組のように
画面上部に常時入っていた、「訓練」という小さなテロップは
映像マニアである、ひとりの観測隊スタッフが
メール送信の前に入れてくれたものであることを
ムービーのラストでアイスマンが明かした時には
訓練の光景に緊張した、ライト邸のリビングの空気も
実に和らいだものだった。

そして、一週間前に届いた
南極からの最後のメールが再生される。

『研究所の皆さま、いかがお過ごしでありますか?
わたくし、本日をもってすべての研修指導を
無事終了させたであります。
明日、この南極を出発し、クリスマスまでに
必ず皆さまのもとに帰還するであります。
電車の時刻など、詳細は追ってお知らせするであります。
それでは皆様、ごきげんようであります!』

ムービーメールの再生が終わる頃。
二人の目の前に、細かな白いものがちらちらと降ってくる。
スクリーンの外にも舞い降りているそれは
手のひらに触れると、微かにひんやりとした感覚を残して、すぐに融ける。
「あっ、雪だ……!」

ちらちらと降る粉雪に、買物客や
駅に入ろうとする人々が空を見上げ
学校帰りの子供達からも歓声があがる。 

「なんだか……アイスマンがもうすぐここに着くって
俺達に知らせてくれてるみたいだな。」
その呟きに、プロジェクターを収納したロックが振り向くと
ファイヤーマンが、降る雪を手の平に受けながら
空をじっと見つめている。

決して絶えることのない灯火を宿しているかのような
その瞳が、灰色がかった空を背に、深紅に煌めく。
そこに映る雪が、地に降りる前にすうっと消えてゆく。
そんな想像が、ふと働いた。

……そんなに見つめすぎると、アイスマンが恥ずかしがって
どこかにかくれんぼしちゃうよ。

思わずくすりと笑うロックに
ファイヤーマンが向き直ろうとするが
そこで駅舎の時計が視界に入り、我に返ったようだ。
「……うわ、もう駅に入ろうぜ、ロック。」
「ほんとだ、もうそんな時間なんだ!」

大急ぎで改札口に向かう二人を追いかけるように
列車の到着を告げるチャイムとアナウンスが、駅舎に響いた。 
「まもなく、4番線に電車が到着します。……」

 アイスマンを待ちながら  おしまい

「初雪夜話」に続く、冬のロックマン小説
「アイスマンを待ちながら」をお送りしました。
アイスマンの「〜であります」がえらく可愛くて気に入ったため
ライトナンバーズの面々の性格は、ロクロク版がベースです。
もっとも、ここでのファイヤーマンはちと大人しめですが(笑)。

「雪が降り積もる中、ファイヤーマンの周りだけは雪がない」
という、ふと頭に浮かんだ図から発展した
「雪の中、アイスマンの帰りを待つ」という図を柱に
今の小説の形に至りました。

イラストを描くときは、ロックたちがロボットであることを
ほとんど意識していませんが
ムービーメール再生のくだりではさすがに
「家庭用ロボットにも、小型プロジェクターとか内蔵されてそうだなぁ」と思いました。
また、ロボット同士なら、電波などで外からは目立たない形で
データを同時に共有できそうですが
戦闘時や災害などの緊急時ならいざ知らず
平和な午後の駅前では、傍から見ると
ロボットとわかっていても、かなり怪しい光景になりかねないのと
「二人で一緒にアルバムを見る」ような光景を書きたかった、というのが本音です。

実は「ムービー内でそり犬にじゃれつかれるアイスマン」
のシーンも入れたかったのですが、南極に関する検索の過程で
「環境保護に関する南極条約議定書」により
南極の環境・生態系保護の観点から
「1991年以降、そり犬を含めて外部からの生物の南極への持込が禁止されている」
ことを知り泣く泣く外す羽目になりました。とほほ。

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