機人たちのメルヘン - 初雪夜話 -

2003年12月12日初出

初雪夜話

冬が深まりつつある夜。

スタンドの明かりがひとつ点いた机の上で
メタルマンは彼の日課である日記を書き終え
日記帳を引き出しにしまった。
Dr.ワイリーの最初の戦闘用ロボットとして生まれて以来
ガンマの事件後にワイリーが行方不明になった事を機に
彼らなりに人間を、世の中を知ろうと
7人の弟たちと共に独立した現在に至るまで
彼が日記を書かなかったのは
ロックマンとの戦いに敗れて大破したときだけである。

もともと戦闘用ロボットであるワイリーナンバーズが、
人間社会のなかで失敗を重ねながら、いかに彼らなりに成長していったのか
それはまた別の話である。閑話休題。

明日も仕事だというヒートマンを寝かしつけ
早寝早起きが信条のクイックマンが、
就寝のあいさつ替わりにからかうのを尻目に
自室に戻ってから、どれくらい時間が経っただろうか。
「バブルとフラッシュは……まだTV見てるのか。
あいつら、寝坊して仕事に遅れなけりゃいいが。」
ちょっと声掛けて来るか、と立ち上がったとき、
メタルは部屋がいつになく冷え込んでいることに、初めて気づいた。
そして、いつもより静けさが増していることにも。
まだTVがついている居間からの物音が、その静けさを引き立てている。

なんだか空気そのものから、いつもと違う感じがして
窓に掛かっていた厚手のカーテンを開けてみた。
「あ……。」
窓越しに見える光景に、メタルのルビーのような瞳が瞬き、
マスクの下から思わず、感嘆のため息がもれた。

雪。

この冬初めての雪。

空一面を灰色で覆う厚い雲から、静かに、風に吹かれることなく
舞い降りる粉雪。

「どうりで冷え込むわけだ。
夕方に見た時は、曇ってただけなのに……。」
冷気にかまわず窓を開け、地面を見下ろすと、
いつから降り続いていたのか、地面は完全に白一色に染めぬかれていた。
顔をあげ、改めて周囲を見渡せば、
家の横に立っている木の枝もまた、積もる粉雪をそれぞれ抱いている。

そして、何よりも。
「すごく静かだな……。」

時に今は11時過ぎ。
普段ならば、どこかで車が走り去る音や、
居酒屋からの帰りなのか、若者やサラリーマン達が酔っ払ったように
陽気に話す声などが、この時間になっても
澄んだ夜気の中に聞こえてくるものだが、
雪が降り続ける今夜に限っては、
誰も道を行くものがないのか、周囲はしんと静まりかえっている。
まるで、舞い降りる粉雪が
大気から、あらゆる雑音を吸い取ってしまったかのように。

「ワン! ワン! 」
不意に、完璧なまでの静寂を破り
どこか遠くで、犬の吠え声が聞こえた。
その瞬間、メタルの記憶のなかから、ふっと浮かび上がるものがあった。

雪が降る音。

霜が降りる音。

いつか読んだ、ある詩人のことば。

遠い昔、心でとらえた様々な風景を、言葉に託し描いた
その詩人の子犬もまた、霜がきらきらと降りる音を
とらえて吠えていたという。

メタルの手は、いつしか頭の横に伸びていた。
「俺にも聞こえるだろうか。この雪が降り積もる音が・・・。」
メタルの赤いヘルメットの両横から
長く上に伸びた、黄色い耳パーツ。
それは大きな距離の隔たりがあっても、騒音下など、いかなる環境においても、
敵の動向察知や危険の感知、情報収集が可能な、超高性能の集音センサーである。
本来は戦闘をより有利に進めるために使われる、その鋭敏な聴覚を
彼は今、戦いとはおよそ無縁なものに向けんとしているが、
それを咎めるべき理由など、今誰が持ち得ようか。

目を閉じて、周囲に心を静かに澄ます。
この時のメタルに近づく者がいれば、
彼の長い耳パーツが、微かに動いているのがわかるだろう。

そして……。

サラ……

   サラ……サラ……

彼の鋭い聴覚にも、それはなんと繊細で、
ひそやかな音だろうか。

  キリ……キュ……

キン……

木の枝が氷を纏っているのか、少し高い音が、時折聞こえる。
メタルは雪と氷の奏でるメロディーを、
その小さな体全体で受け止めている。
人の子の耳にとらえることのかなわぬ、ひそやかな曲節は
深紅の機人の持つ電子の心にすうっと入り込み、
粉雪へと結晶して、彼のなかに舞い降りるようだった。

今のメタルマンは、倒すべき敵にその力と刃をふるうロボットではなく、
鎧と刃に詩人の心を隠した機人であった……。

だが、彼の静かな幻想は、突然の口笛に破られた。
ハッと我に返ったメタルの視界には、
黒髪に黒いコートをまとった人影があった。
コートの襟の間に見える黄色いマフラーに
こんな夜中にサングラスをかける者など
メタルは一人しか知らない。

「……ブルース……! 」
バツの悪さからか、その声はかすかに震えている。
当のブルースは、そんな彼に対し、微笑みとともに言う。
「見かけより意外とロマンティストなんだな。正直驚いたよ、メタルマン。」
「な……!」
見られていたことが余程恥ずかしかったのか、
メタルは言葉を失った。
彼が人間だったら、間違いなく耳の先まで
真っ赤になっているだろう。
「だがあまり夜気に当たりすぎるのは、体に毒だぞ、小さなお兄さん。」
からかい混じりのブルースの言葉に、
メタルはぷいっと横を向いた。
「ふ、ふん! そっちこそ足滑らせて、尻もちなんかつくなっ! 」
メタルはそう言い捨てると、さっさと窓を閉め、カーテンを引いてしまった。

子供っぽい悪態をつくメタルの姿は、戦闘用ロボットらしい
いかつい外観の割にはなんとも可愛らしく、
さすがのブルースも、吹き出しそうになるのをようやくこらえた。
クイックマン達がかまいたくなるのも無理もない。
「しっかりしていても、そういう所はロックより子供だな……。」

そんなやり取りも念頭から去り、
床についたメタルの脳裏を、かつて敵として戦った少年の姿がふとよぎった。
今の彼のそばには、自分が戦った時にはいなかった、
赤いボディのロボット犬がいる。
「ラッシュ、か……あいつも面白い相棒を持ったものだな。」

さっき遠くで吠えていた犬のように、
あのロボット犬にも雪の降る音がわかるだろうか。
そんなとりとめのない思いが起こるか起こらないうちに、
メタルは眠りについた。

明日は朝から、仕事休み組とともに雪かきに精を出すようである。

 初雪夜話  おしまい

深森 椎間はじめての小説作品です。
わずかな光を受けて、暗い道をほのかに照らし
外の雑音をすべて吸収したかのような、静かな雪の夜が好きです。
普段はかき物に音楽が手放せない私ですが
こういう夜だけは、静けさを味わいたくなります。

メタルマンの長い耳パーツは、額のメタルブレードとともに印象が強く
どんなに小さな音でも、まわりに雑音があっても
しっかりキャッチできるんじゃないかと、個人的に思います。
平衡感覚も良さそうで、見た目も引き締まって見えますし。
(ディフォルメ時には可愛い?アクセントになるぞ)
このパーツの機能については誰も触れていないので
あくまで私の想像にすぎませんが
それが雪の降る音の詩との連想になりました。

参考文献:北原白秋 「東京景物詩及其他」より「雪ふる夜のこころもち」
萩原朔太郎 「月に吠える」より 北原白秋による序文

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