宇宙の深海 〜 Aqua Illusion 〜

2007年2月19日初出

水そのものが凝縮されたような、不定形惑星の表面から
大小さまざまな無数の水泡が立ち昇り、漂う空間。
俺の何倍もある大きさの水泡も、珍しくはない。
それらがゆるやかに昇ってゆく俺の頭上にも
水面が広がっていくようだ。

時折そのなかを、鯨か鮫のように大きな影が
ゆっくりと、恒星からの光を横切ってゆく。
さながら、海中から水面を隔てた空を見上げるような錯覚を覚えるが
全てを引きずり込み、呑み込もうとするかのような
どこか悪意にも似た、底の知れない深淵の感覚もまた
波打ちながら眼下に広がる地表から感じられる。

「ビックバイパー、こちらドロシー。」
通信に入る冷静な女性の声が、俺を現実に引き戻した。
「あなたが今いる不定型惑星は、非常に高密度のゲル状物質で構成されているわ。
その液泡に接触すると、液体の圧力で機体に損傷を受ける恐れがあるわ。」
俺が気を引き締め直すと、ドロシー先生はさらに言葉を続ける。
「エンジュの報告によると、7年前に起きた
フロンティア12号の事故の原因も、その液泡との衝突と言われているわ。」
その言葉に俺はハッとして、今しがた大きな影の通り過ぎた
頭上をもう一度見上げた。

新たな惑星開拓に向かう処女航行で、突如謎の事故に見舞われ
民間人を含む1000人以上の命とともに、一瞬にして散ったフロンティア12号。
その当時、太陽系の地球から惑星グラディウスに移住してきた
人々の間では、遥か昔に故郷の星で起きたという
やはり処女航海で氷山に衝突した、豪華客船の悲劇と重ねて語られていた。

当時最新鋭のレーダーと、ナビゲーションシステムを搭載し
安全な航路を辿っていたはずの宇宙船を襲った
グラディウス宇宙開拓史上最大の悲劇は
隕石や他の飛行物体との接触とは衝突痕が異なるなど
その原因が長らく不明とされていたが
最近になって、この不定形惑星の存在が知られるとともに
事故の原因調査・研究が再開され、先のエンジュさんからの報告のように
この液泡との接触の可能性が高いという見解が、有力になりつつある。

先ほどの影は、その難破した宇宙船の残骸なのか、
それとも、液泡の外観に惑わされ、その透明な牙に砕かれた船体が
他にもあるのだろうか。

「先生……これもバクテリアンのダークフォースの影響ですか?」
「その可能性も十分に考えられるわ。気をつけて進んでね。」
「了解。」

通信を終えた俺の頭上には、さらに水面が広がり
泡の数も、目に見えて増えてきた。
地表から見え隠れする、敵意のような気配の正体は、
すべてを排除する意思と力を持つものの「目」だろうか。
俺は、いつその正体を現すともしれないその「目」を見返し
泡に阻まれようとする前方を切り開くべく、レーザーの出力を調整し、構えなおした。
この上、ゲルの深淵に誰ひとり呑み込ませるわけにはいかない。

宇宙の深海 〜 Aqua Illusion 〜 終わり

本作を書いたきっかけは「グラディウス・トリビュート」収録の
「Aqua Illusion」アレンジです。
深い海の底から、大きな泡が立ち上るような音と
潜水ボンベの呼吸音を思わせるようなビープ音が
曲全体を通じて流れる様子に、「宇宙の深海」のイメージが浮かび
最初はイラストのみを描いていましたが
曲中に「頭上をよぎる大きな影」を見たとき
その頃「タイタニック」にちょっと興味を持っていたせいか
「難破船」のイメージが加わり、「過去に発生した謎の宇宙船事故」の
連想へとたどり着き、小説の形になりました。

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